能島村上氏

のしま むらかみ し

 芸予諸島の中心、伯方島と大島の間の船折瀬戸に浮かぶ小島である能島を本拠とした海賊衆。戦国期、瀬戸内海最大の海上勢力として瀬戸内海に君臨した。

カレイ山展望台からの眺望。画面左の三つの島の内、真中が能島。
カレイ山展望台から能島村上氏の本拠、能島(真ん中の島)を眺める。

 村上諸氏の中で史料上の初見が最も早く、貞和五年(1349)、幕府の役人が伊予弓削島荘を訪れた際の荘園側の支出として「野島酒肴料」三貫文がみえる。

  戦国期、出雲尼子氏と周防大内氏とのパワーバランスの中で内訌が勃発するが、これを制した村上武吉の代に最盛期を迎える。天文二十四年(1555)の厳島合戦後、強力な水軍を必要とする毛利氏との協力関係のもとで瀬戸内海全域に勢力を拡大させるが、一方で豊後大友氏と結んで毛利氏と敵対するなど、あくまでも独立勢力としての立場をとっている。

Photos

コウガ屋敷跡。大島の宮窪町にあり、能島村上氏ゆかりの遺跡といわれる。石碑近くに井戸跡がある。2004年には大量の瓦類や備前焼などが出土した。 能島村上氏の菩提寺だった証名寺跡に残る宝篋印塔。14世紀中頃のものといわれる。 亀老山から眺めた来島海峡。武志島や中渡島にはそれぞれ能島村上氏の海城が築かれていた。 姫内城跡。大島の南西部、来島海峡を一望する位置にある海城。火内鼻と呼ばれる来島海峡に突き出した半島に築かれていた。 村上氏の祖、村上義弘のものと伝わる宝篋印塔。亀老山中腹にある。鎌倉期後期の様式。

当主

  • 村上雅房 :隆勝の父。伯方島の木浦の禅興寺に墓塔が建立されている。
  • 村上隆勝:雅房の子。能島村上氏の基盤を固めた。
  • 村上義雅:隆勝の長子。隆勝より家督を継ぐが早世する。
  • 村上義益:義雅の子。武吉と家督をめぐり争う。
  • 村上武吉:隆勝の次男・義忠の子。能島村上氏の最盛期を築く。
  • 村上元吉:武吉の子。

一門

  • 村上義忠:隆勝の次男。
  • 村上隆重:隆勝の三男。甥の武吉を後見。後に笠岡に移る。
  • 村上景広:隆重の子。
  • 村上景親:武吉の子。元吉の弟。
  • 村上筑後守
  • 村上内記 

家臣団

  • 今岡通詮:三宅国秀事件の関係者の一人。琉球貿易に関係していたか。
  • 今岡三郎兵衛:今岡通詮の使者として薩摩島津氏に派遣される。
  • 今岡伯耆守:村上武吉を後見した有力者。
  • 島吉利:村上武吉の重臣。
  • 島吉信
  • 櫛橋勘右衛門
  • 櫛橋備後守:毛利氏との折衝を担当した。
  • 田窪与三左衛門尉
  • 田窪三郎右衛門尉

居館・城郭

  • 能島城:能島村上氏の本城。芸予諸島の大島と伯方島の間の小島を城郭化した海城。
  • コウガ屋敷:能島の対岸である大島宮窪にある居館跡。
  • 中途城:来島海峡の小島の一つを城郭化した海城。
  • 小海城:大三島東岸の小島を城郭化した海城。重臣・島氏の拠城。
  • 笠岡城:笠岡に移った村上隆重が同地に築城。
  • 笠島城:塩飽島北岸の城。
  • 本太城:備前児島西端の城。