天神山城
てんじんやま じょう
田島と横島の海峡部である坊地瀬戸の北に突き出した田島側の岬に築かれ、室町・戦国期、田島を支配した因島村上氏の拠点となった海城。現在、その遺構のほとんどが消失しているが、天神山頂上部からは田島の町と坊地瀬戸、および周辺海域を見渡すことができる。また東麓には船隠しの地名が残っており、かつてそこが軍船の停泊地であったことがうかがえる。
天神山城の築城時期は明らかではないが、正長元年(1428)、因島村上氏の村上吉資が備後守護・山名時煕から多島(田島)地頭職を得ており、 この時期と前後しての築城と推定されている。その後、天正三年(1575)、将軍・足利義昭の鞆への下向に際し、田島城主・村上景広がその警護にあたっており、正長元年以降も田島村上氏とでもいうべき村上氏系の氏族が城主となっていたことが推定される。
また天神山の南麓には田島村上氏の菩提寺である常楽院があり、同寺の墓地には田島村上氏一族の墓と伝えられる宝筺印塔や五輪塔が残されている。
広島県福山市内海町