高須 元兼

たかす もとかね

 戦国末期における備後高須の国人・杉原高須氏の当主。宗左衛門尉、筑後守。元士の子。

 永禄八年(1565)二月、毛利輝元から加冠を受け、天正七年(1579)頃から堀立直正の後任として井上元治とともに毛利領国の要港・赤間関の代官をつとめる。

  天正七年とみられる二月、元兼は井上元治とともに毛利輝元から赤間関と周辺の長府や井崎、竹崎からの関役料の算定と賦課を命じられており、天正十二年以前には赤間関地下人の逃散問題の収拾にもあたっている。天正十三年以降は、羽柴秀吉の要請による毛利氏の伊予出兵や九州出兵を受けて、赤間関と近辺の浦々からの警固船徴発やその指揮、九州方面の情報収集、赤間関の城普請など要港・赤間関の戦略機能を管掌していることが確認される。

 また元兼は赤間関の対外貿易港としての側面から、同港において物資調達も担当していた。高洲家蔵に残る高須氏家紋入りの船旗には、天正十二年(1584)十月、中国・明から来航した商人・蔡福らが、来年六月に泉州の商船二隻が赤間関に来航した際、この船旗を確認して売買を行うことを約したことが記されており、元兼が赤間関にあって明商人と商売していたことが分かる。

 年未詳十二月、輝元は元兼に輸入品である焔硝の入手の手配を命じており、別の輝元自筆書状では元兼に「しらか」(白い絹糸)や唐糸、緞子、「せんむしろ」(氈の敷物の一種)、「あしまき」など外国産品の調達を命じている。元兼はこれら毛利氏の指示のもとに、入港する外国商船から必要な産品を購入していたとみられる。

関連人物

  • 高須元士:元兼の父。
  • 高須元言
  • 高須元興
  • 高須元勝
  • 高須元之
  • 高須盛之
  • 堀立直正:前任の赤間関代官。
  • 井上元治

その他の関連項目

参考文献

  • 岸田裕之 「大名領国下における赤間関支配と問丸左甲氏」(『大名領国の経済構造』) 岩波書店 2001