鞆ヶ浦｜戦国日本の津々浦々

鞆ヶ浦

　石見銀山から街道で最短距離にあるリアス式海岸の入り江に臨む港町。石見銀山の初期の積出港としてにぎわった。入り江の入口には鵜島があって天然の防波堤となっており、波静かな港を形成している。

鞆ヶ浦の鼻ぐり岩。

　文化十三年（１８１６）に編纂された『銀山旧記』には、大永六年（１５２６）三月に博多の商人・神谷寿禎と出雲鷺浦の銅山主・三嶋清左衛門が石見銀山の銀採掘に成功して後、「石見国馬路村の灘古柳鞆岩の浦（鞆ヶ浦）へ売舟多く来り、銀の鏈を買取て、寿亭（禎）が家大に富ミ、従類広く栄へけり。」とある。

　江戸期の類書である『銀山記』にも「鞆ヶ岩屋」（鞆ヶ浦）についての記述がある。大永六年から天文二年までの八ヶ年、銀は全て博多に送られていたが、その際の積出港は「枯柳」と「鞆ヶ岩屋」（鞆ヶ浦）だった。寿禎はこの港に弁財天を勧請。その験があって家数が千軒にも達する福地となったとしている。

　同じく『銀山通用字録』にも「鞆ヶ岩屋」が博多への銀鏈の積出港となり、繁華を極めて家居千余戸に及んだとある。

　石見銀山の柵内から鞆ヶ浦に延びる鞆ヶ浦道は、銀山と日本海を最短距離の約７キロで結んでおり、初期の銀鉱石の積出港として最も優れていたものと思われる。

　湾内に浮かぶ前述の鵜島には神谷寿禎が海上交通の安全を祈念して天文四年（１５３５）に建立したと伝えられる厳島神社があり、港湾部には船の係留用に自然の岩盤をくり抜いた鼻ぐり岩もみられる。江戸期の書物に描かれた鞆ヶ浦の繁栄が虚構ではないことを物語っている。

　鞆ヶ浦を含む石見国邇摩郡は室町期から周防大内氏が分郡守護権を持っていた地域であり、銀山開発当時は大内義興が石見守護にも任じられていた。鞆ケ浦だけでなく鞆ヶ浦道も大内領だった。

　　『銀山旧記』によれば、大内氏は吉田若狭守、飯田石見守に銀山を守護させ、寿禎が灰吹法を銀山に導入して銀の精錬に成功して以後は、吉田、飯田を奉行人として毎年銀子百枚を大内氏に貢納させたという。

　当時の大内氏が博多の一部も支配し、明との貿易を行っていたことを考えると、大内氏は銀を扱う商人である神谷寿禎を保護するとともに、銀の精錬から搬出、東アジアへの輸出といった流通ルートを影響下においていた可能性がある。

鞆ヶ浦港。入り江の入口には鵜島が浮かんでおり、防波堤の役割を果たして天然の良港を形成している。

　しかし先述の灰吹法が導入され、石見銀が爆発的な増産をみる１６世紀後半になると、鞆ヶ浦では手狭となり、積み出しの中心は西の温泉津へと移っていったらしい。

　慶長五年(１６００)の「石見国銀山諸役銀請納書」（吉岡家文書）に「ともがいわや・まじ」への「釣役」（漁業への課税のこと）」が課せられていたことがみえるので、漁村化がすすんでいたことがうかがえる。

村井章介　『海から見た戦国日本』　ちくま新書　１９９７
佐伯徳哉「銀山開発から盛期における鞆ヶ浦、温泉津・沖泊」　（島根県教育委員会、大田市教育委員会、温泉津町教育委員会、仁摩町教育委員会・編　『石見銀山街道　鞆ヶ浦・沖泊集落調査報告』　２００５）
島根県教育庁文化財課世界遺産登録推進室・編　『石見銀山』　島根県教育庁文化財課世界遺産登録推進室　２００６