鷲の羽

わしのはね

 蝦夷地(北海道)でアイヌの人々によってもたらされ、矢を飾る羽などに用いられた鷲の羽。鷲の羽は、近世の山丹交易(樺太を経由して行われた中国東北部黒竜江下流域と蝦夷地との交易)の交易品として蝦夷錦などとともにみえており、中世、蝦夷地で入手された鷲の羽の中にも大陸からの伝来品もあったことが推測される。

  鷲の羽が「蝦夷」の地の特産であることは、既に平安末期には知られていたとみられ、『夫木和歌抄』には権僧正公朝が詠んだ「みちのくのえそか千島の鷲の羽に たへなる法の文字もありけり」という和歌が収められている。戦国期においても、永禄元年(1558)、八幡大菩薩の文字のある鷲の羽が、「奥夷之国」(樺太)から蠣崎季広のところにもたらされたことが『松前年々記』に記されており、当時も鷲の羽が樺太経由で入ってくることがあったことが窺える。

  元和六年(1620)、松前領に潜入した宣教師・カルワーリヤの報告によれば、北東方から松前に来る蝦夷人はラッコ皮や生きた鷹、鶴とともに日本人が箭に付けて飾る鷲の羽をもたらすとしており、中世においても鷲の羽などの商品がアイヌ人の交易活動により、松前などの蝦夷地の和人拠点にもたらされていたことが推測できる。

市場・積出港

参考文献

  • 海保嶺夫 『エゾの歴史 北の人々と「日本」』 講談社 1996